
将来の中軸候補として期待された大型外野手は、17年に脳腫瘍を患い半年間の闘病を経験。
復帰後は1軍の舞台を目指して不屈の精神でトレーニングを続けてきたが実戦出場もかなわなかった。
野球を愛し、すべてを捧げてきた生粋の「野球少年」が、自らの意思でユニホームを脱ぐ。
どれだけ重く、苦しい決断だったか。横田が、野球をやめる。6年間、泥だらけにしてきたユニホームを脱ぐ時が来てしまった。
高卒4年目だった17年2月。1軍メンバーに名を連ねた沖縄春季キャンプ中に頭痛の症状を訴え、脳腫瘍が判明。
半年の闘病生活を経て、8月下旬には症状が消え安定した状態となる「寛解」と診断され、9月3日に虎風荘に戻り、リハビリを開始した。
育成契約で再起を期した18年の春季キャンプで屋外フリー打撃を再開。
守備でシートノックに入り、ホームでの公式戦ではベンチ入りして仲間に声援を送るなど、実戦出場へ向けて着実にステップを踏んできた。
「背番号24を取り戻す」――。胸に刻んできた言葉だ。地元・鹿児島では、見知らぬ人から声をかけられることも増えた。
「試合に出て恩返ししたい」。誰かのために、という思いは日々強くなった。
一方で、走攻守で試合出場できる状態にはいまだに至っておらず、今季もここまで公式戦出場はない。
来季へ目を向けた時、心身ともに限界を感じ、自ら区切りをつけた。
ポテンシャルの塊と言えるその体躯に誰もが夢を見た。入団3年目の16年。
春季キャンプから実戦で圧倒的な結果を残して就任1年目だった金本監督の目に留まり、開幕スタメンを奪取した。
3月25日の開幕戦でプロ初盗塁、同2戦目にはプロ初安打もマークするなど、1軍で38試合に出場し存在感を示した。
「もう一度、甲子園で暴れ回る」。“その時”のために本拠地での登場曲は昨年から、ゆずの「栄光の架橋」に変更。大切な1曲だった。
「入院中、抗がん剤、放射線治療の影響で今までできていたことができなくなった。
自力で立ち上がれなかったり、目の前にあるものが取れなくなったり…」。心が折れかけた中で、背中を押してくれた歌だった。
「本当に力をもらった曲。この曲で打席に向かいたいんです」
鳴尾浜の室内練習場にバットと小型スピーカーを持って向かうことが当たり前になった。「曲を流してイメージしてます」。聖地へとつながる「架橋」をただ信じて、懸命にバットを振り続けた。
球団は、セカンドキャリアに関してもサポートする考えで、本人の意思を尊重し今後の進路は決まる。ファンに最後の別れを告げる引退セレモニーも検討している。
振り返れば、すべてを出し切ったと思える6年。数え切れない夢を背負ったまま、横田は、野球をやめる。(遠藤 礼)
◆横田 慎太郎(よこた・しんたろう)1995年(平7)6月9日生まれ、鹿児島県出身の24歳。
鹿児島実から13年のドラフト2位で阪神入団。3年目の16年に1軍デビューを果たし、シーズン38試合で打率・190、4打点、4盗塁。
翌17年2月に脳腫瘍が判明。入院、治療を経て8月下旬に寛解。同年オフに育成選手となる。1メートル87、94キロ。左投げ左打ち。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190922-00000115-spnannex-base
9/22(日) 5:40配信
普通に大学行って働いた方がいい。
内野安打でヒット稼ぐバッターに仕立てるからな
まぁ病気する前の話だが
本人が1軍で試合出たい、すぐ結果ほしいから
足で稼ぐ打撃をやりたがった
よく言われるけどブラックなのはファンとマスコミとタニマチとOBなだけで
放射線と投薬じゃなかったっけ?
ほぼ同時期に現役選手が二人も腫瘍・がんに罹患するとか、
偶然だろうが、信じられない話だ
原口は復帰できたので横田も期待していたんだけど、残念
でも脳腫瘍なら生きてるだけでも儲け物かもしれない
野球とは別の場所でも活躍してもらいたいね
盛田幸妃は足に麻痺が残りながらも復帰出来たけど
この世に居ないわけだから生きてるだけでも儲けもん
だよ
まだ若いしこれからの人生身体大事に頑張って
病巣は取って日常生活には支障ないが
プロ野球選手としてはもう動けない。
その後は現在の医学や科学技術では
どう変化するかわからない。(意訳)
影響が目にきてるみたいだな
ピッチャーの投げてくる球がぼやけるとか
養生してくれ
一般人も確率的にはそんなもんでしょ
野球選手だから話題になるだけで
脳腫瘍は癌ではない
そもそも復帰できてる時点で悪性の可能性は低い
>>28
悪性ならまず助からないからな
抗がん剤に放射線治療だから普通に悪性の可能性高いだろ
横田の姉ちゃんに突撃するやつもおったっけ
珍ヲタの質の低さがうかがえますな
お疲れ様でした
元ロッテの横田の息子ってことで注目してたんだけど
第二の人生頑張れや
えっ?そうなの?
職場にいたけど復帰後おかしくなってたわ。
最初は祝福ムードだったけど出来てたことが出来なくなってたり
ブランクあるからと見守ってたらいつまでもポンコツのままで
閑職に異動させられてた。
よく和田阪神がとったものだ
予後良くないだろ
普通に生活していくには問題ないけど、
プロレベルの練習についていくとか、試合で瞬時の判断で
ボールを打つとか捕るとか投げるとか、2軍でも試合出して
いいレベルにまでは戻らなかったのだろうか
弟と二人で「ま、また・・・要らねえ」とか言ってたわ
3代目もプロ野球選手にしてくれ、お疲れ
食べ物をこぼすとか上手く食べられないとかで病院に行ったら脳腫瘍、ただ明確には判断できないという状態が続いた。
症状はどんどん悪化するけど(たぶんそうだろうけど)病名の確定ができない 悪性とは判断できないので治療はできない。
その後、確定したけど、やっぱり悪性ではないので治療はできない。 で、この場合の悪性ではないというのは予後が良いことを
意味しない。絶望なのに悪性ではない。
だから脳腫瘍というのはよくわからん
手術に失敗するリスクを考えたら腫瘍をそのままに
した方がマシってことなんだろうなあ
手術は必ず成功とは限らない。失敗したり腫瘍を深くえぐり取ったとして
神経も傷つけて一生治らない後遺症が残る可能性もあるからな